第8回 ワーク・ライフ・バランスの意味するもの

2009.1.16

佐賀錦(筆者撮影)
佐賀錦(筆者撮影)

100年に一度ともいわれる経済の変動で、日本を、いえ世界を代表する企業が次々とほんの半年前には考えられなかったような業績の下方修正を発表し、その影響を受けて働く場を失った人たちの様子が毎日報道されています。

 そんな中、「わが社では<仕事と生活の調和をはかる=ワーク・ライフ・バランス>に全社をあげて取り組むことになりました」という話をすると「よくそんな余裕がありますねぇ」という反応が返ってくることがあります。
でも、私はこうした厳しい時代だからこそ、経済活動・企業運営に「ワーク・ライフ・バランス」という考え方が必要であると考えています。

 まだあまり聞き慣れないという方も多い「ワーク・ライフ・バランス」。いったいどういうことなの?と説明を求められる時、私は次のような話をさせていただいています。

 2年ほど前に、佐賀市歴史民族館を訪れた時、そこには佐賀錦で作られた帯やハンドバッグが展示されていました。和紙に金や銀を貼った経(たて)糸に絹の緯(よこ)糸。さまざまな組み合わせで素晴らしい模様が織り出された作品をひとつひとつ見ていくうちに、ふと気付いたのです。

 「ワーク・ライフ・バランス」とは、組織の体制や規則が縦糸、働く個々人の能力や意欲が横糸となって、人生という一枚の布を織り上げていくようなものだと。

 働く人の意欲やニーズがとても幅広く多岐にわたっているのに、縦糸である組織の幅が狭いままでは、横糸がたくさん端からはみ出し、美しい布地は出来上がりません。

 また、それとは逆に、企業が手厚い体制や柔軟な規則を設けていたとしても、働く人にそれを活用しようという意欲やニーズがなければ、縦糸を張った幅に横糸が十分にわたってくれず、スカスカのほつれた布地になってしまいます。

 あの佐賀錦のような、ひとつひとつが全く違った紋様を持つ、美しい、丈夫な布地を織り上げるためには、企業と働く人の双方が充実した生き方を目指して主体的に協力し合うことが出発点となるのではないでしょうか・・・と。

 自分にとって大切なものは何か。大切な時間とはどういうときか。大切な人は誰なのか。こんな「大切な」ことについて、私たちはどれくらい思いを致しているでしょうか。
「ワーク・ライフ・バランス」とは、この「大切なこと」を核にして、限られた時間をどう使うかを、自らが配分し、人生を主体的に生きることに他なりません。

 人生の中で、仕事最優先の時期があるでしょうし、家族のため、あるいは自分の趣味や学びのために少し仕事に配分する時間を減らす時期があってもいいでしょう。さらに、仕事のやり方を見直し、効率を高め、組織の体制が整えば、ワークシェアリングも可能になり、より一層、仕事以外の時間を活用する事ができることでしょう。

 そうすることで高められた「人間力」は、新しい価値観に裏打ちされた、豊かで実り多い社会を育てていく原動力となっていくはずです。

 今、この時点で「ワーク・ライフ・バランス」を意識した働き方に、企業も個人も舵をきっておかないと、来るべき真の成熟社会に順応できないと言っても過言ではありません。

 前回のこの欄でご紹介した「働く女性の懇談会からの提言」でも少し触れていますが、これまでは働く夫(ワーク)と専業主婦(ライフ)という組み合わせでバランスをとっている「家庭」という単位がありました。

 しかし、今や女性も社会と関わりを持ち、組織の重要な戦力となっていますし、長寿社会となり男女ともに60歳を超えてもまだまだ現役で活躍できる職業人が増えています。ひとりひとりが、それぞれのワーク・ライフ・バランスを考え、その上で協力し合っていくことが必要となってきているのです。

 また、これまで拡大の一途を辿っていた経済活動は見直され、環境に配慮した循環型の社会・経済への移行が本格的に進むものと思われます。そうなると、人的に提供されるサービスのみならず、生産されるものも単なる消費財ではなく、そこに豊かさや満足・安心といった付加価値が求められるようになってくることは、皆様がすでにお気づきのことでしょう。

 そのような成熟した社会に移行していくときに、最も力を発揮するのは、既存の組織の枠組みなどではなく、働く人ひとりひとりの価値観や個性です。柔軟に変化に対応していく事でしか永続的に生き残る道はないからです。

 「働く女性の懇談会からの提言」は、このように結ばれています。

 「仕事をするということは、取りも直さず社会参加するということを意味します。職種に関わらず、また、時間の長短に関わらず、その仕事に誇りを持って取り組んでいきながら、よりよい社会作りを目指そうではありませんか。

 仕事と私生活の調和をはかり、自分自身の能力開発をすすめ、職場で責任ある地位へも恐れず挑戦してください。

 わたくしたち女性の立場から、働きやすい職場作り、社会環境作りを発信していくことが、次の世代の人たちへ、本当の豊かな生き方の道しるべを示すことになると確信しています。」


 来る131日、長崎市民会館で、ベストセラー「女性の品格」の著者・坂東眞理子さんの基調講演をはじめとする、男女共同参画フォーラムが開催されます。
 午後の分科会では、「ワーク・ライフ・バランス」をテーマとしたパネルディスカッションに私も参加させていただく予定です。異なる立場のパネラーが、ワーク・ライフ・バランスの取り組みについて活発な意見交換を行ないます。ぜひ沢山の方のご来場をお待ちしております。
http://www.pref.nagasaki.jp/danjo/center/images/img415.pdf