第5回 折鶴が運ぶホスピタリティ

2008.6.20

この季節、毎日我が社のホテルに、鶴が舞い降りてきます。
え?長崎駅の前や、県庁のすぐ傍っていうそんな場所に?と不思議に思われるかもしれませんね。

種明かしをすると・・・鶴は鶴でも、折り紙で作られた、「折鶴」なのです。

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年前、ホテルの事務所で、ひとりの女性スタッフがちょっとためらいながら私に話し掛けてきました。「あのう・・・。副社長は、折鶴をどう思われますか?」

そう問われて、私はすぐに答えるべきかどうか、一瞬迷いました。実は、折鶴や千羽鶴に対してかなりはっきりと、敬遠したい気持ちをもっていたからです。

その理由の一つが、同業の、ある大手ビジネスホテルチェーンでは、有名な女性社長が「心を込めて」作った折鶴を各部屋に置いている、という記事を読んだことでした。私は『ええ~?全国のホテルの各部屋に折鶴!?ホントにひとりで?』と、いささか懐疑的にこの美談めいた話を受け止めていました。
また、以前宿泊したホテルでは、ベッドサイドに清掃係の方の手書きのメッセージカードが置かれ、折鶴が添えられていたのですが、肝心の清掃に納得いかない点があり、『鶴を折っている時間があったら、本業のお掃除にもっと気配りをして欲しいのに・・・』と、なんとも釈然としない思いをしたこともありました。

ですから私は、少なくとも我が社では、お客様に何らかのメッセージを伝えようとするのなら、そのためにすることは、折った鶴を客室に置くことではない、と考えていたのです。

 そこで、この女性スタッフに、「折鶴ですか?どうして?」と問い掛けてみました。すると彼女は、ご宿泊になるお客様に、何か、長崎ならではの思い出を作っていただきたい、と日頃から考えていて、それには平和を祈る千羽鶴をお客様と一緒に作ることができればいいのではないか?という提案を説明してくれました。
被爆地であるこの長崎に生まれ育った私達スタッフは、子供の頃から原子爆弾の恐ろしさや平和の尊さについて教えられ、そして考え、祈るということをしてきた、それをひとりでも多くの方に伝えられれば・・・との思いからの発案であったようです。

この彼女の話を聞いて、私がこれまで抱いていた折鶴を敬遠する気持ちはすっかりなくなってしまいました。

 まず、彼女の提案では、鶴は、お客様に折っていただく、ということが他のホテルの取り組みと大きく違っていました。そして、鶴を折り、私達に託してくださることで、お客様と長崎との絆が生まれ、平和へ思いをいたしていただくきっかけとしたい、という明確なメッセージを伴う目的がありました。
あくまでも、主体は一人一人のお客様であり、その思いをひとつにまとめる役目をホテル側がさせていただくのです。
私は、この取り組みなら、きっとお客様に喜んでいただけると確信しました。

ぜひ、実行に移しましょうよと、その場で彼女を励まし、さっそく企画作りを進めてもらいました。
 集まった鶴は、千羽鶴に仕立てて、89日の原爆の日に、平和公園に奉納することや、ホームページで進捗状況を写真入りでお知らせしていくことなど、次々とアイディアが膨らんできました。

 とはいえ、我が社はビジネスホテルです。ほとんどのお客様が、お仕事でホテルを利用されています。男性のお客様が多いですし、忙しいスケジュールの中で、折り紙に手を伸ばしてくださるのだろうか・・・と、提案した当の本人が、きっと一番心配していたことでしょう。

 161室すべてに、ホテルからのメッセージと折り紙のセットを置いた翌朝、チェックアウトされるお客様がフロントに、「お願いします」の一言とともに鶴を一羽お持ちくださいました。

 「鶴が降りてきました」

メールで受けた報告の短い文章に、彼女の万感の思いがこもっていました。「鶴が降りてくる」・・・なんと優しい表現なのだろう、と私もそのフレーズを繰り返しつぶやいてみました。

 日を追うごとに、降りてくる鶴の数は増えてゆき、それは私達の予想をはるかに越えていました。
 
 男性のお客様が、恥ずかしそうに「一羽しかできなかったけど・・・」と置いていかれる。
「がんばって、全部折りましたよ!」と誇らしげに持って来てくださる家族連れのお客様。
客室に置いて帰られた鶴も、清掃担当の人が、大切に集めてフロントへ持ってきてくれます。

 またある時は、お手紙とともに、ホテルに折鶴が届けられました。いつもご出張で当社を利用してくださるお客様の、奥様からでした。ご主人が、客室に置いてあった折り紙をご自宅に持って帰られ、それを奥様とお子様で折って送ってくださったのです。

全国を出張で飛び回っておられるご主人。「仕事先でどんなホテルに泊まっているかなんて、今まで考えたこともなかったけれど・・・」という奥様のコメントに、きっとまだ見ぬ長崎の地にお子様とご一緒に思いを馳せてくださったであろう事が想像され、ほのぼのとした温かい気持ちに包まれると共に、そのご一家の大切な方のご宿泊をお預かりする責任も感じたことでした。

 こうして、わずか3ヶ月くらいの間に6270羽もの鶴が集まり、その年の89日の原爆の日に、ホテルのスタッフ3名で、平和公園に奉納する事ができました。
http://www.hotel-cuore.com/oriduru.html
 

 折鶴には、それを折ってくださったかたのぬくもりと、そのために使われた貴重な時間が宿っている・・・。一羽の鶴をフロントで受け取るたびに、スタッフはそれぞれ、いろいろな事を感じたはずです。そしてあらためて、長崎に暮らす自分達が、平和への思いを、呼吸するがごとく自然に持ち続けてきたことに気付いたに違いありません。

「ご家族で折られた鶴は、離れ離れにならないように、一緒につなげているんですよ」と微笑んでいた彼女は、事情があってもう我が社にはいないのですが、今年もまた取り組んでいる「長崎の地から平和を祈る~千羽鶴企画~」を静かに見守ってくれていると、私は信じています。