第4回 メールとホスピタリティ

2008.4.25

雨上がりの庭で、木々の緑が優しい色合いをみせています。お変わりなくお過ごしでいらっしゃいますか?・・・という調子の書き出しで、全国約1万人のお客様にメールをお送りしていた頃がありました。

 昨年3月までの約8年間、私はインターネットのショッピングモール「楽天市場」で、チョコレートなどを取り扱う店を運営していましたので、定期的に発信するこうしたメールのほかに、ご注文へのお礼のメールや、お問い合わせへの返答など、毎日がメール漬けになっていました。

 通常、1回のご注文が完結するまでに、少なくとも3通のメールをお送りします。
ご注文を頂いた直後に、内容の確認とお礼を兼ねた「サンクスメール」、商品の発送時にお届け予定日をお知らせする「発送メール」、商品の到着を見計らって、ご満足いただけたかどうかをお尋ねする「いかがでしたかメール」。

 もし商品のお届けが遅れるとか、入力していただいたクレジット情報に誤りがあったなどという場合には、別途そのお知らせやお尋ねをするメールをお送りしなくてはなりません。

 最初の頃は、まだインターネットでのお買い物に慣れていらっしゃらないお客様も多く、贈り物のご注文を、先様へ代金引換便で送るという指定をされるということもしばしばあり、それもそのつどメールでお尋ねする事になります。幸い、テレビなどで報道されるような、嫌がらせ目的で代引きの商品を送りつけるというお客様はいらっしゃいませんでしたが、「お支払方法の指定が間違っていらっしゃるのではないでしょうか?」という聞きにくい事をメールでお尋ねするとなると、礼を失することなく、正確にお伝えし、回答を得る文面にしなくてはならず、ずいぶんと言い回しに気を使ったものでした。

 8年間もこうしたことを続けていますと、時々、メールに対しての「目利き」になったように思えることがありました。

 毎日届く沢山のメールの中には、何気ない問い合わせ内容であっても、どこか不自然さを感じさせるものがあったりします。そうした場合、ほぼ例外なく、あとで妙なトラブルを持ち込まれたりして、「やっぱり・・・」とスタッフと顔を見合わせたものでした。

 その反対に、メールの持つ力、素晴らしさにも数多く触れる事ができたのも事実です。

 「メールが薫る」といっても、信じていただけないかもしれませんね。でも、まさにそんな印象のメールをいただいた事もあるのです。もう4年ほども前になるでしょうか。

 事の起こりは、当方の、注文処理のミスからでした。すぐに修正をして、お詫びのメールを差し上げ、その後、お客様の方からも、通常の注文にはないご要望をいただいたりして、何通かのメールをやりとりすることになりました。

 その方のメールからは、いつも不思議な雰囲気が感じられました。文体や書体が普通と違うわけでも、飾りや色のついたメールを送ってくださるわけでもありません。しかし、何かが違う。文面が、匂いたつような華やかさに包まれているようなのです。大輪の牡丹か百合の花が、静かに目の前に現れたように感じられるメールでした。

 しばらくして、そのお客様は、高野山の奥之院にほど近い、弘法大師の母君所縁の歴史ある宿坊寺院の方だということがわかりました。そして驚いた事に、そのお寺は別名「花の寺」とも呼ばれているということが、たまたま目にした新聞記事で紹介されていたのです。

 あの方は「花の寺」の「華の精」・・・私がいつも受けていたメールの印象は、やはり思い過ごしではなかったのだと、あらためて感じた出来事で、今でも大切な思い出となっています。

 今回、こうしたことを書こうと思い立ったきっかけも、最近いただいたある1通のメールでした。

 仕事で資料をお送りしたことへのお礼の内容だったのですが、そのメールも、何かが違っていました。直接お会いした事もお話した事もない、全くの初めての方にも関わらず、久しぶりに、「メールが薫る」感覚が、よみがえってきたのです。

 読み進むうち、私は「ああ、これだ」と納得がいきました。
このメールを下さった方は、以前クレーム対応のお仕事をしておられ、来る日も来る日も、お客様のお叱りを、それこそ命を削るような思いで受け止めておられたとのことでした。

 この欄の私のコラムもご覧になっていて、その頃のご自身のご経験をふまえ、「クレーム対応とホスピタリティ、どちらもお客様と向き合う、という意味で、どこかで繋がっているものなのでしょうか」とおっしゃってくださいました。

 私も過去8年間のショップ運営の中で、自分のミスとはいえ、クレーム対応に心臓の凍るような思いをしたこともありました。しかし、確かに、逃げずにお客様と向き合い、真摯な気持ちでメールを差し上げ続ける事で最後には解決したのだった・・・と懐かしくなり、その時の苦しさが今になって慰められたようでした。

 画一的な文字で構成されるインターネットや仕事のメールを介しても、行間からにじみ出てしまうもの・・・それがその人の持つホスピタリティという魅力なのでしょう。私も努力して、それを伝え、そして感じ取れる日々を送りたいと思います。