第2回 ホスピタリティとサービス

2008.1.11

前回の本欄で、「サービス」と「ホスピタリティ」の違いについて考えてみましょう、とお伝えしておりました。今日は、そのことについてお話します。

 通信、金融、宿泊などの第三次産業は、「サービス産業」とも呼ばれています。少し前までは、「あのホテルはサービスがゆきとどいている」だとか「もっとサービス精神を発揮しよう」などという言い方をしていたのではないでしょうか。

 ところが最近では従来のサービス産業の中でも、ホテル・レストラン業界では、「ホスピタリティ産業」という呼び名がよく使われています。そしてこの業界の記事や本を見ると、「ホスピタリティあふれる接客」「ホスピタリティを追及した人材教育」などというフレーズが目にとびこんできます。いまや、「サービス」は影を潜めて、すっかり「ホスピタリティ」が業界を席巻しているようです。
それでは、「サービス」と「ホスピタリティ」は、どう違っているのでしょう。

 「ホスピタリティ」とは、単に「サービス」をカッコよく言い換えた最近の言葉、ではありません。

 それぞれの語源をたどってみますと、「サービス」は、英語の「servant(召使)」、「ホスピタリティ」はラテン語の「hospitalis(客を保護する・歓待する)」だといわれています。

 このことから、サービスとホスピタリティの持つ意味合いが微妙に違っている事が感じられます。つまり、サービスは、あらかじめ決められた事柄(もしくは一方が要求した事柄)を、AさんがBさんに提供することです。そこには上下関係、あるいは金銭との等価価値交換(しばしば無償の場合もあります)が生じます。

 一方、ホスピタリティというのは、そのサービスという行為を超えた+αのことをいいます。それは金銭に換算できるものではなく、AさんとBさんが互いに作り上げる、一期一会とも言える場面のことです。

 ホスピタリティという言葉が生まれた中世の頃を想像してみてください。遠い異国からの旅人に一夜の宿を提供した家では、暖かな食事を囲みながら、まだ見ぬ土地の物語を聞き、身につけている衣服や武具などを物珍しく眺め、時にはその一部を交換したりしたのでしょう。もてなす側にとっては、旅人は貴重な情報や知識をもたらしてくれる存在であり、また、旅人にとっては休息し、英気を養う大切な場であったはずです。そこには、お互いの上下関係はなく、ともに恩恵を与え合う関係であったと思われます。こうした人々の互恵の関係が、ホスピタリティの原点と定義されています。

 ところで皆さんは、「ちゃん(おとう)の看病」というお話をご存知でしょうか。
有名な「母をたずねて三千里」の原作を含む珠玉の短編集「クオーレ」(エドモンド・デ・アミーチス<18461908>作)の中に収められている一編です。
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 イタリアの貧しい少年が、ちゃん(父親)が病気になって遠い町の病院にいると知らされ、看病に向かいます。やっとたどりついた病院で看護婦さんに連れて行かれたベッドに横たわっていたのは全身がはれ上がり、口も利けなくなっていた瀕死の「ちゃん」でした。少年は絶望しながらも、一生懸命、ちゃんの手をさすったり、話しかけたり、薬を飲ませたりして看病します。そして数日、もう「ちゃん」の命が尽きかけたことが少年にもはっきりわかった頃、廊下で「看護婦さん、お世話になりました」という聞き覚えのある声を耳にします。なんと、それは少年の本当の「ちゃん」でした。看護婦さんが取り違えて、少年を別の病人のところへ案内してしまっていたのです。一旦は、父親に促されるまま一緒に家に帰ろうとした少年でしたが、思い直して「ちゃん」の看病をするため病院に留まります。翌朝、息を引き取った病人に少年は、「さようなら・・・ちゃん」と呼びかけ、すみれの花をささげて、病院を後にしたのでした。
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 病院(hospital)と、ホテル(hotel)、このふたつは、先に紹介したラテン語の「hospitalis」を語源としています。子供の頃から繰り返し読んだ「ちゃんの看病」。読むたびに、この少年ほどに真剣に、私は人に接しているだろうかと、自問自答してきました。その気持ちを、接客の原点としたくて、自社のホテルにも「クオーレ」という名前を取り入れたのです。

 巷では「感動を呼ぶ」とか「奇跡の」などという枕詞がついたサービスやホスピタリティのことが、話題になっています。あまりに立派過ぎて、ドラマチックで、とても自分には無理、と尻込みしてしまう・・・という方もいらっしゃるでしょう。でも、ホスピタリティの実践は、難しいことでも、あなたの日常と無関係な事でもありません。

 マナーの大家、塩月弥栄子さんは、「わたくしの仕事がお茶汲みだと言われたら、日本一のお茶汲みになってみせます」とおっしゃっています。

 誰よりも心を込めて一杯のお茶を入れること。全くの他人であっても「ちゃん」だと信じて看病する気持ち。自らの仕事を愛し、誠実に取り組むこと。すべてはここが始まりです。そうした姿勢で毎日を積み重ねていると、次第にどんな時にも相手(お客様)に気持ちが添うようになってくる。いわばお客様の期待以上の行動を自然にとれるようになってきます。マニュアルには決して書けない、心の交流がそこに生まれてくるのです。

 そうなった時、お客様にして差し上げたと思っていたことも、実は自分のほうが「喜び」という大きな贈り物をいただいていたということに気付くでしょう。まさにそれが、ホスピタリティの生まれる瞬間なのだと思います。