一昨日の朝、玄関を出て、数歩歩いたところで、ふと懐かしい人に呼び止められたような気がして、思わず立ち止まりました。なぜ自分がそうしたのか、すぐにはわからなくて、周囲を見回すと、まだつぼみの金木犀の花が葉陰からのぞいていたのでした。
長かった夏がようやく去り、「秋冷」という言葉が似合う気候になりました。一年を振り返るのには、まだ少し早い時期ですが、今年は私にとって忘れえぬ出来事がいくつもありました。それは皆、ある<キーワード>でつながっていて、今回はその中のひとつをお話したいと思います。
5月半ば、「ホスピタリティ・マインド実践入門」(研究社刊)の出版記念会に参加しました。出版にあたり、中のコラム欄を1ページ担当させていただいていたからです。
この本の著者、石川英夫氏は元博報堂顧問です。バドワイザービールの日本市場参入プロジェクトのチームリーダー、ニューヨーク駐在員事務所長や海外ネットワーク局長などの要職を務められたことからも、その活躍は容易に想像ができましょう。
この本は、石川氏が国際派広告人として長年の仕事の中で培われた国際交渉や、異文化コミュニケーションの豊富な経験をもとに、21世紀に生きるすべての人や企業において必要欠くべからざる「ホスピタリティ・マインド」について分かりやすく説き起こし、すぐにはじめられる実例を数多くあげた、タイトルどおり「実践の書」です。(8月5日付の長崎新聞新刊コーナーにもとりあげられましたが、詳細は下記の研究社のページ
http://webshop.kenkyusha.co.jp/book/978-4-327-37700-7.htmlをご覧ください。)
この本が、日本ホスピタリティ推進協会(http://www.hospitality-jhma.org/)の推薦図書であることに加え、石川氏のこれまでの豊かな人脈をあらわすように、出版記念会には、ホスピタリティに関心をお持ちの各界トップの方が、多数参加されていました。
会場は、東京・有楽町にある日本外国特派員協会(通称:外国人記者クラブ)。中に入ると廊下にはマッカーサー元帥をはじめとして、戦後この場所で記者会見や講演を行った要人の写真が数多く掲げられ、このような場所に自分が今いるということがまずもって不思議でした。
私が特に印象に残ったのは、その会の雰囲気です。談笑の中に、時折気の利いたジョークが飛び交い、洗練されていて、しかも温かみにあふれた、独特の場の空気がとても心地よいものでした。出版の挨拶で石川氏は、「私は友人からの光の中で生きている」と周囲の人への感謝の気持ちを表現されましたが、私もその言葉を聞きながら、そこに集った方々それぞれの、長年の錬磨の輝きが会場全体を包み込んでいるように感じていました。
会の中で、当然の事ながら、私はほとんどの方と初対面でした。ところが、推進協会の理事(名門ホテルやホテル教育機関のトップ)の方々が、ご自身へ挨拶に来られる人に次々に私を紹介してくださったり、その後名刺交換をさせていただいた方々もすぐに打ち解けて、その方がまた別の方に引き合わせて下さったりと、途切れることなく輪が広がり、とても楽しい時間を過ごすことができたのです。
帰ってからその時の名刺を見返し、よくぞこんな錚々たる方々と会話をすることができたものだと半ばあきれる思いがしたほどです。しかし、その場に私は自然に溶け込む事ができ、これはまさに周囲の方々のホスピタリティに根ざした心配りであったのだとあらためて気が付きました。
数年前に、とあるインターネット業界の会合に参加し、同じように初対面の多数と名刺交換をしたことがありますが、その時の生き馬の目を抜くような、闘志に満ち満ちた会場の雰囲気とは、全く違う、ほんとうに和やかなひとときでした。
「おもてなしとは、相手を緊張させる瞬間があってはならない」 「おもてなしとは、暑くもなく、寒くもなく、決して疲れない」 これらは、メディチ家末裔の夫人や、フランスの外交官夫人が述べたものと聞いたことがありますが、先の出版記念会は、参加したすべての人々がお互いに「おもてなし」の心をもって交流されていたのだと、よくわかりました。
さて、冒頭に述べた<キーワード>とは、もうお気づきのように「ホスピタリティ」という言葉です。「おもてなしのこころ」という風に訳されている事も多いですね。
これまで自分が接客業で学んだお客様への思いやりや、気配り、そしてなにより仕事をする上での基本の心構えといったものをどうやって若い人たちに伝えていったらよいのか考えあぐねていた時に、この「ホスピタリティ」という概念にゆきあたったのでした。まるで魔法の杖でもさずかったように、「ホスピタリティ」の視点でとらえると、これまで考えを伝えたり、表現する事が難しかったりしたことが、素直に理解できる・してもらえるようになりました。
また、私にとっては、「ホスピタリティ」に関わる事で、思いがけない人と人との出会いや新しい経験の場があり、これまでこれといった趣味もなく、会社の中での出来事が生活の大半を占めるような過ごし方をしていたものが、大きく広がってきたように感じています。
さて、ではその「ホスピタリティ」って、どんなことなのでしょう?今までよく使われてきた「サービス」という言葉と、どう違うのでしょうね?
次回は、そのあたりについて、もう少し詳しくお話ししたいと思います。
季節が進んで、寒さも増してまいります。どうぞ、お元気でお過ごし下さいますように。